農家の嫁が見たオランダの先進農業
- aikosakurako21
- 10月6日
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更新日:7 日前
目次

はじめに:小さな国が世界第2位の農業輸出国
九州ほどの面積しかないオランダが、農産物輸出額で世界第2位なことをご存知ですか?広大な農地を持つアメリカに次ぐ規模で、野菜、乳製品、花きなど年間約1000億ユーロ相当を世界中に輸出しています。単位面積あたりの農業付加価値は欧州平均の5倍にもなり、小さな国土でも驚異的な効率を実現しています。
私は、熊本県の山奥のスイカとアスパラガスの農家に嫁ぎました。小さなビニールハウスで収穫したスイカを汗だくになりながら一輪車で運んでいた私が、オランダの巨大なガラス温室いっぱいに広がるトマト畑を目にしたとき、その先進的な農業の姿に衝撃を受けました。現在はオランダへ移住し、現地で先進農業を学びながら、将来子供たちが「継ぎたい」と思える農業を日本にも広めべく活動しています。
このブログでは、オランダ各地の農場レポートや実際に参加できる見学ツアー情報、そして最新の農業トピックなどを、分かりやすく紹介していきたいと思います。
さて、なぜ小国オランダが世界をリードする農業大国になれたのでしょうか?
その秘密は主に次の4つの柱に支えられていると考えられます。

1. グリーンハウス農業の革新
私が住むデン・ハーグから少し車を走らせると、ウェストランドというエリアが見えてきます。ここは“グラスシティ”とも呼ばれる温室園芸地帯で、ずらりとガラス温室が建ち並ぶ光景は圧巻です。温室内ではセンサーが温度・湿度・光量・CO₂濃度を常時監視し、AIがリアルタイムに制御することで常に最適な環境を維持しています。
真冬でも真夏でも室内は快適そのものなので、作物にとっても人間にとってもストレスが少なく、年間を通じた効率的な栽培が可能です。
広さ5m以上のハウス内ではラジオから音楽が流れ、スタッフはノリノリで収穫作業を行い、収穫物は自動搬送システムで隣接の梱包所へ運ばれていきます。全て手作業だった日本の農家から来た私には夢のような職場環境でした。オランダの温室トマトの単収(ヘクタールあたり収量)は300~600トンにも達し、これは日本の平均(約62トン/ヘクタール)をはるかに上回ります。環境制御による高収量と省力化の両立が実現しており、品質面でも新鮮さや見た目、農薬に頼らない栽培などで高い評価を受けています。
さらに、最新式の温室ではスマート農業化が進み、センサー制御だけでなく、画像で作物の生育状況を分析し必要最小限の水や肥料を与える精密管理や自動化に向け収穫や選別を担うロボットなども積極的に開発・実験されています。オランダの農家は温室内で農作業をする時間よりパソコンに向かう時間の方が長いとも言われるほどで、最新テクノロジーを駆使した「未来型農業」の姿に目を見張るばかりです。
2. 酪農業 ― チーズと牛乳の王国
オランダの郊外に一歩出ると、広い牧草地でのんびり草を食べる牛たちに出会います。オランダは質の高い牛乳の生産で知られ、そこから作られるチーズはゴーダやエダムなど日本でも有名です。酪農・畜産分野でもオランダは非常に先進的で、近年はサステナビリティへの取り組みも進んでいます。例えば次のような施策が導入されています。
ロボット技術の活用: 自動搾乳ロボットが餌で牛たちをストレスない形で搾乳機に誘導しミルカーの取り付けなども含めた、搾乳作業をすべて自動で行います。搾乳のタイミングも牛自身に決めさせることで、牛の快適性もあがり、結果、頻繁に搾乳できるため生乳生産量も約10%向上します。牛舎内の清掃や給餌も無人ロボットが行い、酪農家の労働負担を大幅に軽減しています。
家畜福祉の向上: 牛たちが自由に歩き回り快適に過ごせるよう牛舎の環境を整えています。糞尿の掃除ロボットや自動ブラシで牛の体を掻いてあげる設備まであり、「ロボットに世話してもらう牛は幸せ」だと言われるほどです。ストレスの少ない牛は健康で乳質も良くなり、結果的に生産効率も上がります。
温室効果ガスの削減: 牛の排泄物から出るメタンガスを回収して発電に利用する設備も普及しつつあります。発酵タンクで糞尿を分解し発生したバイオガスをエネルギーに変えることで、温室ガス排出を減らしつつ農場の電力に活用しています。副産物として高品質な有機肥料も得られるため、一石二鳥の循環型システムになっています。
ロッテルダム中心地からアクセスが良い場所に、非常に先進的かつユニークな酪農場があります。海に浮かぶ三層構造の酪農施設で、約40頭の牛が飼育され毎日800リットルもの牛乳を生産しています。農場には自動糞尿処理装置があり、牛の排泄物を有機肥料にリサイクルしています。また、乳製品の生産工場に加え、チーズの熟成庫や垂直農法施設も備え、隣接する水上太陽光パネルからは全体エネルギーの約45%をまかなっています。この農場の見学ツアーでは施設を巡り説明を受けたのち、ここで作られた新鮮な乳製品を試食し、購入することもできるので観光のついでに大変おすすめです。

3. 「効率×持続可能性」への挑戦 – サステナブル農業
オランダ農業の根底にある理念は「効率と持続可能性の両立」です。国と企業、研究者が一体となって“Twice as much food using half as many resources(半分の資源で2倍の食料を生産する)”というスローガンのもと2000年頃から農業改革に取り組んできました。その結果、水資源の使用量は主要作物で最大90%削減され、温室栽培では化学農薬の使用も大きく削減されています。具体的な取り組み例として、以下のようなものがあります。
精密農業(スマート農業): ドローンやセンサーで圃場や作物の状態をモニタリングし、データに基づいてピンポイントで灌水・施肥を行います。例えばオランダ南部のジャガイモ農家ヤコブ・ファンデンボルネ氏の畑では、無人トラクターや空撮ドローンが土壌水分や養分状態を測定し、一株ごとに最適管理を行っています。その結果、ジャガイモの単位面積収量は世界平均の約9トンに対して20トン超と飛躍的に向上しました。
有機農業・生物多様性の重視: 化学肥料や農薬の使用削減にも力を入れています。益虫や生物農薬の活用、輪作やコンパニオンプランツによる土壌改良など、有機的手法で生態系への負荷を減らす工夫が各地で見られます。実際、温室栽培における化学農薬は大幅に削減され、家畜への抗生物質使用も2009年以降60%も削減されています。
循環型農業(サーキュラー農業): 廃棄物を極力出さず資源として再利用する仕組み作りも進んでいます。家畜の糞尿はバイオマス発電や有機肥料に転換され、そこで生まれた電力や肥料を農場に還元します。食品加工副産物や売れ残りも飼料や堆肥にリサイクルし、外部からの化石燃料由来資材の投入を減らしています。こうした循環によって環境負荷を下げつつ、資源コスト削減とエネルギー自給にも貢献しています。
私がこれまで訪れたどの農場でも、これら効率化×サステナビリティの工夫が凝らされていました。そして訪問のたびに「こんな発想があるのか!」と驚かされます。オランダが慢性的な食料危機や環境制約を乗り越え、世界トップクラスの農業大国となり得た背景には、徹底した合理化と持続可能性への挑戦があったのです。
4. 世界最高峰の農業研究拠点・ワーゲニンゲン大学
オランダ農業を語る上で欠かせないのが、ワーゲニンゲン大学の存在です。首都アムステルダムから南東に約80km、食品関連企業や研究機関が集積する一帯は「フードバレー」と呼ばれ、米国のシリコンバレーになぞらえられる食と農のイノベーション拠点になっています。その中心に位置するワーゲニンゲン大学は世界大学ランキングの農学分野で常にトップクラスに君臨し、「世界最高峰の農業研究大学」と言われています。
このキャンパス内には多くの企業の研究所や実験農場が併設されています。例えば私が以前働いていたユニリーバは食品研究のグローバル拠点「Hive」をキャンパス内に開設し、学生や研究者と協働しながら次世代の食品開発を進めています。
このように政府・企業・大学が密接に連携することで、基礎研究から実用化までをつなぐ仕組みが整っているのです。実際、フードバレー地域には約15,000人の科学者と1,400社以上の食品関連企業、20の研究所が集積し、日々新たな技術や製品が生み出されています。
ワーゲニンゲン大学はそのハブとして産学官連携プラットフォームの役割を果たし、学生ベンチャーの育成支援などイノベーション創出のエコシステムを形成しています。
オランダ農業が常に世界をリードしているのは、この強力な「知のネットワーク」によるところが大きいと言われています。日本の農業もさらなる発展を遂げるには、オランダのような政府・企業・大学が一体となった研究開発と人材育成の仕組みづくりが不可欠だと考えています。

最後に:気軽にオランダ農業を体感してみませんか?
「百聞は一見にしかず」。文章で読むだけでは伝わらないオランダ先進農業の今を、実際に現地で感じてみませんか?弊社では旅行や研修の合間に1~2時間から気軽に参加できるオランダ農業見学ツアーをご用意しています。グリーンハウス、酪農牧場、オーガニックファームの見学など、多彩なプログラムの中からお客様の興味に合わせてご提案が可能です。
旅行でオランダを訪れる方にとっては観光以上の思い出深い経験に、そして実際に農業に携わる方にとっては仕事に生かせる実践的な学びになると考えています。
「小さな国でも、工夫と知恵を積み重ねれば世界をリードできる!」
オランダ農業の姿は、地形や気候が違うとはいえ、日本の農業の未来へ向けた大きなヒントになるはずです。なお、オランダへまでは行けないけれど興味がある、という方々へオンラインツアーもご提供しております。お気軽にお問い合わせください。
次回はオランダ農業の歴史、食料危機を乗り越えて現在の農業大国に至った道のりをお伝えしようと思います。