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オランダの養鶏場Kipsterに学ぶ、動物福祉とサステナブル農業を両立する養鶏ビジネス

  • 7月13日
  • 読了時間: 8分

先日、オランダで世界的に注目を集めるサステナブルな養鶏場「Kipster(キップスター)」を訪れました。ここは、訪れるたびに「動物福祉とは何か」「持続可能な畜産とは何か」を考えさせられる養鶏場です。 ここで目指しているのは、「環境に優しい養鶏」だけではありません。

動物福祉、環境負荷、経済性、そして消費者との信頼関係。そのすべてをビジネスとして成立させようとしている、世界でも先進的な養鶏場です。


ガラス張りの鶏舎は、展示などもあり、誰でも訪れることができる。
ガラス張りの鶏舎は、展示などもあり、誰でも訪れることができる。

鶏が「幸せそう」に見える、その理由

鶏舎に着くと屋外で自由に歩き回るニワトリたちが出迎えてくれます。まず感じるのは、その圧倒的な開放感と衛生的環境です。 鶏たちは明るい屋内鶏舎と屋外の庭を自由に行き来し、舎内には自然環境を模した様々な仕掛けが施されています。

  • 思い思いに砂浴びをする鶏

  • わらの干し草ロールをつつく鶏

  • 高い木に登って休む鶏

これらはニワトリが本来持つ自然の習性ですが、日本の大量生産の養鶏場では、依然としてケージ飼育が主流であり、このような行動を行えない環境も少なくありません。

さらに印象的だったのは、Kipsterでは「断嘴(だんし)」が行われていないことです。

断嘴とは、過密飼育で起こるつつき合いを防ぐために、くちばしの先端を切除する処置です。しかし、くちばしには神経が通っているため、動物福祉の観点から議論が続いています。Kipsterでは、鶏がストレスなく生活できる環境を整えることで、この処置を必要としない飼育を実現しています。

実際に鶏たちの様子を見ていると、リラックスしていて非常に穏やかです。もちろん、動物の「幸せ」を数値で測ることはできません。しかし、動物福祉では「その動物本来の行動を自由に発現できること」が重要な考え方の一つです。その意味でも、Kipsterの飼育環境は非常に印象的でした。


「First the chicken, then the egg」

今回お話を伺った創業者ルーツ・ザンダース(Ruud Zanders)氏の言葉「First the chicken, then the egg (まず鶏ありき、それから卵)」に、この農場のコンセプトが集約されています。彼らは、鶏を卵を産むだけのモノとしては見ていません。人間同様に脳と神経系を持ち、欲求と感情を備えたひとつの「命」として捉えています。 現代の養鶏は、生産効率を高めることを重視して発展してきました。その一方で、近年は動物福祉とのバランスをどう取るかが世界的な課題となっています。Kipsterは、その課題に真正面から向き合い、鶏を一つの命として尊重する飼育環境を実践しています。

その一例として、オスどりの扱いがあります。オスは、当然ながら卵を産みません。さらに卵を産む品種は、肉用鶏のように効率よく肉がつかないため、採卵養鶏では、多くの国でオスのヒナは生まれてすぐに殺処分されることが長年の課題となっています。日本も決して例外ではありません。

しかし、Kipsterでは生まれたオスのヒナも処分しません。提携農場で育てられ、食肉として活用されています。そして、LIDLにてミートボールなどの加工品として販売しています。

このKipsterの取り組みは、ふだん畜産業界に対して厳しい姿勢をとる動物福祉団体からも高く評価されています。オランダの動物福祉団体「Wakker Dier」が、 Kipsterの卵の発売を祝うラジオCMを流したこともありました。「畜産の現場と動物福祉団体が手を取り合うなんて極めて異例のことだよ」と、ザンダース氏が語っていたのが印象的でした。


「白い卵」を選ぶ、という小さな環境アクション

スーパーに並ぶ卵には「白」と「茶色」があります。この違いをご存知でしょうか?

実はこれ、単なるニワトリの品種の違いであり、殻の色によって栄養価に差はありません(黄身の色は与える飼料によって変わります)。

Kipsterが育てているのは、白い卵を産む品種(デカルブ・ホワイト)です。

なぜKipsterは白い卵を選んでいるのか。理由は、白い卵を産む品種は体がやや小さく、必要とする飼料が少ないため、茶色い卵を産む品種と比べてCO₂フットプリントが約5%低いとされているからです。つまり、白い卵を産む品種の飼料効率が高いことが環境負荷の低減につながっています。


一個の卵で世界がすぐに変わるわけではありません。しかし、消費者一人ひとりが、環境への影響も意識しながら商品を選ぶという小さな積み重ねは、大きな変化につながるのではないでしょうか。

パンの耳が卵に生まれ変わる

Kipster の最大の強みは、単に動物福祉に配慮しているだけでなく、ビジネスとして徹底したサーキュラー(循環型)である点にあります。

通常、養鶏には大量の穀物(トウモロコシや大豆など)が必要です。しかし、世界中で人間の食料不足が懸念される中、鶏のために広大な農地を使って穀物をわざわざ栽培するのは持続可能とは言えません。

そこで Kipsterは、大手ベーカリーなどから発生する食品残渣を主体とした循環型飼料を活用しています。これまで廃棄されていた資源を、高品質なたんぱく質である卵へと生まれ変わらせているのです。その結果、飼料栽培のための新たな森林破壊や有害物質の排出を抑えることにも成功しています。

「廃棄物を減らす」「環境負荷を下げる」「飼料コストを抑える」の3つが、循環の中で同時に達成されており、これこそが、これからの畜産のあるべき姿だと思っています。

鶏舎の屋根には一面のソーラーパネル。
鶏舎の屋根には一面のソーラーパネル。

世界初のカーボンニュートラル認証卵

環境へのアプローチは、飼料だけに留まりません。Kipster は世界で初めてカーボンニュートラル認証を取得した卵を生産した養鶏場です。

そのプロセスは非常に合理的です。

  1. 屋根一面に敷き詰められたソーラーパネルで自社エネルギーを賄う

  2. 循環型飼料を使ってフットプリントを最小限に抑える

  3. どうしても削減しきれない残りの排出分をカーボンオフセットで相殺する

この一連のプロセスは、すべて独立した公的機関によって厳格に検証・認証されています。

さらに、近隣環境への配慮も徹底しており、鶏舎には最先端の空気洗浄装置が導入されており、外部に排気する前に微小粒子状物質(PM)の75%を捕集しているそうです。

ザンダース氏の言葉で最も心に刺さったのは、次のメッセージでした。

「これだけこだわった卵を、誰もが日常的に手に取れる適正な価格で販売することが何より大切なんだ」


どれほど環境や動物に優しくても、一部の富裕層しか買えない高価なブランド卵になってしまっては社会は変わりません。誰もがいつものスーパーで、いつもの買い物のついでに未来へ貢献できる。これこそが持続可能な仕組みの本質だと感じました。

そして、この「適正価格」を支える裏側には、緻密なビジネス戦略があります。 Kipsterは、創業時から欧州の大手スーパー「LIDL(リドル)」と5年以上の長期にわたる専売・全量買い取り契約を結んでいます。LIDLが生産された卵をすべて一定の適正価格で買い取ることを約束しているため、長期的な視点で投資や環境対策に集中できます。スーパー側にとっても、サステナブルな卵を安定的に販売できるというメリットがあり、生産者と流通の双方にメリットのある持続可能なパートナーシップが構築されています。


もちろん、欧州と日本とでは市場環境が異なります。欧州は加熱調理が前提ですが、日本には卵を生で食べる文化があるため、求められる衛生基準やコストの壁ははるかに高いのが現状です。それでも、この流通を巻き込んだ農業経営の仕組みは、日本の畜産、農業が次のステージへ進むための重要なヒントの一つではないでしょうか。

「ラジカルな透明性」という覚悟

Kipsterでは「Radical Transparency(過激なほどの透明性)」を掲げ、消費者が「自分たちの食べ物がどこから来ているのか」を知る権利を満たすため、あえて美しくない部分も含めたすべてをオープンにするという姿勢を貫いています。

  • 農場の毎日一般開放:毎日10時から日没まで、誰でも予約なしで見学可能

  • 24時間ライブカメラ:世界中どこからでも鶏舎の様子をリアルタイムで観察可能


鶏たちの様子がいつでもすべて丸見え状態です。 ザンダース氏は、 「たまたま見学者が来たタイミングで、寿命を迎えた鶏が横たわっていることもあります。でも、それも命を扱う現実の姿。隠す必要はありません」とおっしゃっていました。

見られて困ることは何もないという圧倒的な自信と覚悟。Kipsterが数々の世界的な賞を受賞している理由が、この誠実さに凝縮されています。


鶏舎内は止まり木など鶏のための様々な工夫が。手前のベルトコンベアで卵が運ばれる。
鶏舎内は止まり木など鶏のための様々な工夫が。手前のベルトコンベアで卵が運ばれる。

視察を通して感じたこと

Kipster が私たちに問いかけているのは、「今の畜産の仕組みは、本当にこのままでいいのだろうか」という根源的な問いです。

「商業性と動物福祉を100%完璧に両立させるのは不可能なのかもしれない。けれど、今よりずっと良いやり方は確実に存在する」 ザンダース氏はそれを言葉だけでなく、自らのビジネスで実証し、世界へ発信し続けています。 このコンセプトは世界中で注目され、すでにKipsterはアメリカに進出していますが、今年中にフランス、イギリスへも進出予定だそうです。

日本の畜産業界が直面している動物福祉への対応、脱炭素、そして飼料の海外依存といった深刻な課題に対して、Kipster視察には多くのヒントがありました。

日本は世界有数の卵消費国です。

もちろん、Kipsterの仕組みをそのまま日本へ導入できるわけではありません。しかし、「動物福祉」「環境」「経済性」を対立するものではなく、同時に成立させようと挑戦する姿勢には、日本の畜産や農業が次の一歩を考えるための大きなヒントがあります。

オランダには、まだまだ日本の農業が学べる優れた実践例があります。これからも現地で見て、聞いて、感じたことを日本へ届け、生産者や企業の新たな挑戦につながる橋渡しを続けていきたいと思います。

 
 
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